最近特に私が接することの多い、「適応障害」について説明しようと思います。
適応障害を本で調べてみると、「精神疾患の中の重度のストレス障害の一種で、ストレス因子が原因により、日常生活や社会生活、職業・学業的機能において著しい障害が起き、一般的な社会生活が出来なくなるストレス障害の一種で、患者のストレスへの脆弱性が発病の起因となっている事が多いと言われている。」と書いてあります。少し解りづらいので、具体的な例を挙げて説明しましょう。
適応障害の例
◎症例Aさんの場合
Aさんは高校卒業後、コンピュータの専門学校を2年前の春に卒業し、インターネット関連の会社に就職しました。会社では主にシステム管理の仕事を一年間続け、大きなトラブルもなく、仕事に励んでいました。
ところが、以前から彼はインターネットを介した対戦型のゲームをするのが趣味でした。入社後しばらくは帰宅してから遅くても夜中の12時頃には終えて、次の日の仕事に備える生活をしていましたが、1年を過ぎた頃からゲームをする時間が次第に増え、同居する彼女に見向きもせず、明け方まで1人でゲームに没頭する様になってしまいました。
当然翌日は寝不足ですから、次第に会社を遅刻する様になり、ついには会社を無断欠勤するまでになってしまいました。心配した上司から本人に電話があり、本人が事情を説明すると「欠勤は困るから病院に行って診断書を貰いなさい」と言われ、本人が当院を受診しました。
このケースでは殆ど抑うつはなく、睡眠の昼夜逆転が問題でした。その他に問題点を聞くと「今の会社では、やりがいのある仕事を任せてもらえない。自分はコンピュータソフトの開発等を手がけたいと思っている。でも今の自分のスキル(実力)では他の会社に売り込んでも評価は低く、雇ってくれるところはないと思う。とりあえず会社に提出する診断書を下さい。」と淡々と話していました。
◎症例Bさんの場合
Bさんは大学でCM制作を勉強し、将来はCM制作の仕事に携わりたい、と思っていました。昨年の春に大学を卒業し、大手の消費者金融会社に就職しました。
半年の初期研修を経て、念願のCM制作部への異動を上司に希望しましたが、CM制作部はその会社でもとりわけ人気のある部署で、彼の願いは残念ながら叶いませんでした。結局、配属先は都心の営業所となり、毎日、窓口での顧客対応が彼の仕事となりました。
それから1ヶ月が経過したある日、会社に向かう途中の駅で、今まで経験したことのない様な突然の激しいめまい・動悸・過呼吸発作等の症状が出現しました。彼は立っていることも出来ずその場に座り込み、近くにいた駅員に救急車を頼み、最寄りの大学病院を受診しました。
しかし全身をくまなく検査しましたが、どこを調べても身体には全く異常がありません。最後には医師から「ストレスではないか?」と心療内科の受診をすすめられ、当院に相談に来ました。
初診時には軽度抑うつ症状を認めました。詳しく話を聞くと、仕事は殆ど残業もなく、職場の人間関係も特に問題はありませんでした。上司からのパワーハラスメントも無く、目立ったストレスは無いのです。
しかし話を聞くうちに、彼のストレスの原因が解ってきました。それは仕事に対する彼のモチベーションが全く「ゼロ」だった、と言うことです。彼がしたい仕事はあくまでもCM制作であり、彼にとっては窓口での顧客対応業務はストレスだったのでしょう。
退職しない理由を聞くと「今の時期の中途退社では経歴に傷がつく、気は進まないが、2〜3年は今の仕事を続けた方が有利なので転職はしばらく控えよう」と考え、現職に留まっているそうです。
表面的な症状であり、根本的な問題は別の所にある
今までの精神科・心療内科の診断ではAさんの場合は「睡眠相後退症候群(=時差ぼけ)の事です」と診断されることが多いでしょう。確かに睡眠相はずれて昼夜逆転はしています。しかしそれは表面的な症状であり、根本的な問題は別の所にある、と私は考えました。
またBさんの場合はうつ病だったり、パニック障害と診断されるかも知れません。症状だけを見て取れば、確かにパニック発作であり、抑うつ状態だったりしますからあながち間違いではありません。
しかし、その根本にはストレスに対する本人の問題が大きいのです。多くの場合これらの様なケースでは、「抑うつ状態」だったり「自律神経失調症」と言う病名がつけられがちです。
適応障害が現れやすい状況とは?
2人の病歴を聞くと、一見わがままな様にも見えますが、彼らは「“一部分は”現実的なものの見方」が出来るのです。
2人に共通して言えるのは「自分の能力に対する評価と自分の置かれている現状のギャップ」と言うストレスの存在です。しかし、あくまでも見えているのは一部分であり、生真面目なところが逆に本人達のストレスとなっているのでしょう。
後先を考えず退職してしまえばストレスにはならず、症状も出なかったかも知れません。また、彼らが妻子や住宅ローンを抱えていたならば、転職等と言うことを考える余裕もありませんし、日々をいかに生活していくかを考えざるを得ないでしょうから、適応障害を起こさなかったのかも知れません。
最近では、うつ症状があれば(うつ病)としてしまい、「薬で治ります」と説明してしまう広告も多く目にする様に感じます。確かにうつ病に対して抗うつ薬は大変有効です。
しかし、うつ症状を伴う周辺疾患には適応障害等様々な病気等が潜んでいます。性格やその人の思考パターンからくる問題等に対して、抗うつ薬はそれほど効果がないのです。
適応障害とは、ある社会環境(ストレス)において上手く適応すること出来ず、様々な心身の症状が表れて社会生活に支障を来すものを言います。誰でも新しい環境に慣れて社会適応するためには、多かれ少なかれ苦労をしたり、色々な工夫や選択を要求されます。それが上手くいかなくなった場合には、会社では職場不適応、学校では登校拒否、といった形で表れるのです。
心理社会的ストレス(環境要因)と個人的素質(個人要因)とのバランスの中で、色々なストレス反応(心理反応、行動反応、身体反応)が生じますが、これらは外部からの刺激に適応するための必要な反応なのです。
ところが、ストレスの質や量が本人のキャパシティーを遙かに超えてしまっていたり、本人がストレスに対して過剰に敏感である時に、このバランスが崩れて様々な症状が出現する様になります。適応障害の出現に関しては「個人の要因」が大きく影響しますが、心理社会的ストレスがなければこの状態は起こらなかった、と考えられるのが基本的な考えです。
適応障害の治療
適応障害の治療は、まず原因となっている心理社会的ストレスを軽減することが第一です。
環境要因を調整し適応しやすい環境を整えることや、場合によってはしばらく休職、休学して休養し、心的エネルギーを回復することが必要です。
無理矢理ですが、例えてみるならば、臨海学校で遠泳中に「足が痙って」しまい、溺れかけている生徒に、泳ぎ方を教えるのはナンセンスですよね?
まず必要なのは「浮き輪」を投げて溺れなくすることです。それから「痙った足(原因・ストレス)」を治して、再び泳ぎ出せばよいのです。
また、心理的葛藤に関して、その人の性格や対人関係能力等を把握し、「物事が上手くいかないのは、“うつ病”のせいではなく、生き方や考え方にも問題があるのだ」と気付く事も大切です。
生き方や考え方を変えるなんて大変そうですが、「この部分だけ」と限定しながら見方を変えていけば、そう大変ではありません。精神科医の役割は見方を変えるお手伝いをすること、と思ってください。
適応障害自体を治す特効薬はありませんが、様々な症状の一つひとつに対処する薬を使うことは出来ます。不安症状が強ければ抗不安薬を、うつ症状が強ければ抗うつ薬を服薬する、という様に、それぞれの症状に応じて薬物療法が必要な場合もあるのです。
適応障害における生活上の注意点や予防法
最後に生活上の注意点や予防法について少し述べてみたいと思います。
新しい環境に適応するためには相応の心的エネルギーを使いますので、適度の休養をとったり、気分転換をしたり、日頃からストレスを溜めない生活を心がける必要があります。
また、適切な相談相手をもって、一人でくよくよと考えないことや、他人といかに上手く付き合い、その中でいかに自己実現をしてゆくか、ということも大切なことでしょう。
現代社会では生きていく上で、より多くの知識・経験・判断が求められます。現実社会は文明の発展速度が人間の成長の速度を追い抜いてしまっていて、適応障害とはもしかしてそんな現代社会がもたらした「現代病」なのかも知れません。